Proof that I was here

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日々の所感を徒然と綴っていくブログ。

「公式」が言うことは正しいという考え方

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実は続いております。

詳しく読みたいという方は一つ前の記事をご参照下さい。

sugartmheart.hatenablog.com

そして、明け透けに言ってしまばこっちが最近の僕の心情です。

 

一つ前の記事のタイトルについてですが、「お上」をコンテンツの「公式」に言い換えてみて下さい。

……どうでしょうか。

あなたは、「公式」の言うことは絶対だという考えをお持ちではないですか?

前の記事で世間一般の例を挙げましたが、政治的に良識のある人でもこういう考え方の人はいると思います。

というか僕が各所で見ました。

 

所感ですが、最近、特にサブカルとTwitterが共に普及してから、やたら公式への批判を敵視する人が増えたように思います。

もちろん、中身のない誹謗中傷へは耳を傾ける必要などありませんし、公式と言っても中には人間がいるのですから、その人を守るためにも罵詈雑言は抑えるべきです。

また、もう少しミクロに視点を変えてみると、作家やイラストレーター個人への攻撃も、同様に、いやそれ以上に慎まれるべきものです。

 

ですが、あなたが非難しているその意見は、本当に誹謗中傷でしょうか。

コンテンツの未来や、自分だけでなくそれを楽しんでいる他ユーザーのことも考慮した改善のための批判意見だったりしませんか?

一考の余地があると思います。

 

で、これが新興のコンテンツならそこまで酷くはないのですが、長年積み重ねてきてファンが多いコンテンツになると、公式側がカリスマ的な人気を博すが故に、批判意見を見たくない・言わせたくない・無視できない人が多くなってきます。

これが真っ当な議論に発展する分には全く問題ないのですが、批判してきた側を人格否定したり、ひいては議論するに値しないようなことを叩きつけてくると、もうどうにもなりません。

 

……まあこのブログを読んできていれば、何のことかは分かると思います。

FGOやそれの一部のファンに対してですね。今僕が特に言いたいのは。

作品の設定と関係ない部分であっても、流石に消費者庁に問い合わせようとした人が囲い込まれ非難されてたのは、正直引きました。

togetter.com

togetter.com

 

健全なゲーム・コンテンツ運営にはユーザー(消費者)側の批判も不可欠です。

コンテンツを生み出したのは公式かもしれませんが、これまでそれを形作ってきた歴史には、ユーザーの力も含まれているのですから。

 

同じく設定の話についても、以前までの設定や物語をないがしろにすることは昔から叩かれてきたはずです。

生み出されたキャラや設定をユーザーが愛し、それをユーザー達が各々の頭の中から持ち寄って、議論して、噛み砕いて、これまでのファン界隈があったはずです。

ですがそこで、新しく生み出された設定がそれまでのものとどうやっても矛盾すると思ってしまい、それを主張してみる。

すると「今までのお前の解釈が間違ってたんだ」「それはお前の中の『ぼくのかんがえたさいこうのせってい』だったんだ」なんて言われる。

こんなのあんまりじゃないですか。

確かにそれが正しい部分もあるでしょう。生み出したのは公式です。

でも、それならせめて矛盾しないような、以前までのものを愛していた人を裏切らないような設定で、新しい側面を描いてほしかった。

矛盾がないなら、(好き嫌いはあれど)公式の考えとして非難されるいわれはないでしょう。

 

もし批判すること自体が許されないなら、設定を無視していると言われようと、受け入れないように、過去の思い出に縋るように、自衛するしかないじゃないですか。

僕個人としては最早、設定についてはこの際どうでもいいので、原作のカップリングを壊すようなことだけは止めて下さいという感じですが……。

 

また、このコンテンツに限らずとも、某リズムゲーの某キャラの恋愛事情について一悶着あった際にも、公式を批判するなだとか、ユーザーなりに解釈しろという声がありました。

公式が設定を一新すると言っているならまだしも、ユーザーがユーザーに解釈と受容を強要するのは間違っています。

公式が行う一挙手一投足には公式であるが故の責任が存在し、それに対しユーザーが平等に賛否を主張する権利も存在します。

もちろんこれは誹謗中傷は含まれません。

 

驕りだと思われようが、頭では理解していても行動として出来ていない人が結構いるのではと思ったので、改めて記事として起こした次第です。

長くなりましたが以上になります。

ありがとうございました。